2008年08月24日

子供の将来

日本では、平均寿命がどんどん延び続け、人生80年時代といわれて
久しい。そういう意味でも、20才からでも学んだり、
チャレンジしたりしたいと考えている人は多いのではないでしょうか。

しかし、社会の仕組みがそれを許さないように思います。


20才を過ぎれば世間一般では大人と解釈される。
そして法的にも大人と解釈される。
大人には様々な足かせがつきます。
勤労の義務、納税の義務等々。
年頃になれば、結婚しなさいとか、子供を生みなさいとか、
そのようなこともあるでしょう。

大人になると、社会保険料や各種税金が科せられる。
それらを滞りなく収めていくには、現状レベルで
働き始めるしかないのでしょう。

もう少しぷらぷらしてから・・・などというような
余裕はどこにもないのだ。それがたとえぷらぷらではない、
学んだり、チャレンジしたりというような理由であっても
変わりはない。社会の仕組みが、高い意欲を持つものに対しても
縛りを効かせていきます。


これでは、20才までで人生が決まってしまうと、世の人々が解釈しても何ら不思議ではないのです。

チャンスはどこにでもあるようで、どこにも無いのかもしれない。


・・・そう思うと、子供には、20歳まで
思いっきりチャレンジしてほしいし、そうさせたい。

そして、20歳を過ぎても、まだまだチャレンジしていいんだ、
むしろするべきなんだ、ということを伝えていきたいです。


posted by kosodatehint at 11:00| Comment(21) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月23日

入試のトレンド

最近は子どもの数が減ってきて、大学に行きたいと希望すれば
よりごのみしなければ入ることができる大学全入時代に
近づいたといわれています。

大学は、学問を究めるために入るのであって遊ぶために
入るのではないと思います。(本来これは誰もがわかっている
ことだとは思いますが・・・)

大学は、高校の勉強は全部マスターした上で
入る所ではないでしょうか。


たしかにAO入試や推薦入試は一般試験より早い時期に行われるし、
その大学にどうしても入りたいとこの大学でどうしても
やりたいことがある人にはよい制度かもしれませんが、
高校の授業をそこそこついていき単位さえもらって
卒業しさえすればよく、一般入試を受けない分、
学力が落ちるのかもしれません。

その上大学側からしても定員割れでは困るので推薦入試などで
人数集めをするのでしょう。

少し前まではゆとり教育といって難しい部分は削除していたのですが、
結局大学生の学力低下から高校生の負担が増えるような
制度の変わるのでしょうか。

もう一度小学校の教育からどのようにするか
10年ぐらいの間は変わらないような教育方針を立てたほうが
いいのではないかと思います。

大学の入試制度を変えただけでは根本的にだめなのでは
ないでしょうか。


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posted by kosodatehint at 19:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女の子の育て方

女の子の育て方、ということを考えると、
私の考え方が古いのかもしれないけれど、
おしとやかに、とはいかないまでも、

『かわいく』 『明るく』 

くらいのことは、考えてしまいます。

もしかしたら、こんなことも、単なる思い込みで、
子供にとってはいい影響を与えないことなのかもしれないですね。


日本に根付く女性のあり方について、
貝原益軒は「女子を教ゆる法」(『和俗童子訓』)の中で
次のように表現しています。

「苦労をがまんして奉仕する、というのが女性の職分であるから、
あの嫁がそんなことまでするのかと思われるほど努力すべきだ」。


。。。ちょっとこれは、正直愕然としてしまいました。


家に縛りつけ、多くの人が集まる場所に出ることを禁じ、
愉しみも与えず、ただただ主人に仕えるのが女である、と言うのです。


これが男社会のルールでもあったんですね・・・。

いまでも、こういう考えに縛られている人は多いと思いますし、
このことによる、幸せな例もあるのかもしれません。
でも、わたし自身はできないなぁ!!


ところが、時代は変わったんですね。

工業が盛んになるにつれ、労働力が必要になると、
女は家の外に出される。夫である男は女に専業主婦を求め、
企業主である男は家の外で働くことを求める。

でも・・・そこで夫である男は、
「働いてもいいが、家のことはしっかりやれ」と女に言い、
そのいずれもこなすよう強いる。
そして女は、身を削ってそれらを行う。
そのバランスを保ちながら。


正直、外で仕事ができる女の人ほど、家のことをできる、と
主張している節があるようにおもいます。


暗黙のうちにあるこのような思考、当たり前と思うこの社会のなかで、
女性は常に振り回され、都合よく扱われてきた部分もあります。
そしてどんな時も、犠牲になっているのではないでしょうか。


女の子を育てるときには、こう育てたい、という
親の欲求もあろうかと思います。

ただ、それが、本当に親の欲求であるかどうかというところから
実は考える必要があるのではないか、と、このような歴史を見ると
思うのです。

単純に社会的に、歴史的に行われてきた慣習に子供を
当てはめようとしていないか、検証する必要があるのでは
ないでしょうか。


それ以上に、その女の子自身の性によらない個性が
本来は大事ですから、

個性 > 親の欲求 > 社会の欲求 

の順で重きをおきたいものですね。

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posted by kosodatehint at 11:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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